君はときどき困ったやつになり 僕はいつも飲んだくれてばかり

s__8429570恋の始まりも恋のカラクリも概念も僕は言語化できない。

だけど、もしもあなたが電話で気になるあのコと話している時、声を聴いているだけで勃起したのなら、それは間違いなく恋だ。

もうそれは十分に恋なのだ。

 

なぜかハッキリと目を覚ましてしまった早朝。

3つの寝息をしばらく聞いた後に、カーディガンを羽織ってベランダに出た。

白んだ空気に息の色が混じり、想像以上に冷たい風が首の脇を通り身震いを一つした。

海の向こうからやってくる朝焼けがじわりじわりと広がり出した。

まるで今日生まれたばかりの世界で人類で初めて呼吸しているような。

少し疲れたハートが浄化され、リセットボタンで初期化されたような。

そんな錯覚が時に何かを救う。

わずかぼんやりとしている間に街は動き出し、気が付けば浜崎橋ジャンクションはもう車でいっぱいになっていた。

布団に戻り、冷たくなった手を寝ている子どもの頬に当てて驚かせてやった。

 

17歳~25歳くらいの間、僕らは社会や人生や夢や現実について、声を荒げてああでもないこうでもないと激論を交わした。

平気で「いや、その考えは間違っている!」「クソみたいな発想だな!」「退屈の極みだ!」と面と向かってフルスイングで否定し合っては、表現欲を満たしていた。

誰かに似ないように、自分の中の純粋性を保つ為に、怒り、笑い、目に見えない何かに抗っていた。

そして時は経ち、僕らの青春時代は一旦幕を下ろし、おっさんと呼ぶにはまだまだ青いベテラン青年になった。

今では誰かの意見に否定することなんてなくなった。

青年の言動は悩み考え下した決断なのだから、それを何も知らない人間が否定することなんてできない。

不思議に不自然に思っても、それはそれぞれの都合や事情が重なり合ってのことなのだ。

残念だけど「人それぞれだからね・・・(無言)」という便利な言葉で話を切ることも多くなった。

けれども僕はそれを寂しいとは思わない。

断罪するよりも無言の中に「ところでお前とこうして遊べるだけで僕は幸せなんだぜ、そうだろ兄弟」という思いを込めた方が幸福だ。

 

大人になると自分が下した決断の結果が今日や明日にすぐに反映される。

退屈も不幸も全て丸ごと自分のせいなのだから、どうにか楽しくなるように今日もあがいている。

 

世界で起きているあらゆる出来事も文化もムーブメントもファッションも思想や哲学も、僕たちはそれらの極々僅かについてしか知らないし理解していない。

今知っている好きなことよりももっと好きになる何かにも、もちろんこれから出会うだろう。

より早くそれらの素敵なモノゴトに出会う為には、今好きなことについてもっと真剣に向き合い思考し、深く理解することが必要だ。

好きなことについて想像することと考えることを続ければ、きっと僕たちの未来は面白可笑しいものであると信じている。

僕は僕の好きな人達とくっだらない輪の中から飛び出して、愛と平和に溺れて生きて死にたい。

 

人も世の中も減点方式で採点してしまったら全部0点だ。

優れた学者も街のアンちゃんの僕も同じ0点だ。

0点同士で批判し合って採点し合うなんて間抜けもいいところだ。

あらゆることは悪いとこ見たらキリがない。

底なしで真っ暗だ。

暗闇の世界では愛情や何かを好きだと思う気持ちやワクワクやそれらの希望の類が光輝く。

そうして暗くぼやけた顔がはっきり見えるようになる。

ところで、「なんか面白い映画ある?」という話になった時、僕は最近は2秒で「ウォールフラワー」と答える。

2012年の映画だけど是非見て欲しい。

デヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」が流れるラストシーンで胸に込み上げてくる熱いアレを分かちあいたい。

こんな歌詞だ。

君はときどき困ったやつになり
僕はいつも飲んだくれてばかり
だって僕らは恋人同士 そういうこと
僕らは恋人同士 そういうわけさ

何もかもが僕らを引き離そうとしても
僕らはやつらを打ち倒せる、いつまでも永遠に
僕らは英雄になれる、一日だけなら

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ハヤブサマガジン 2005年10月活動開始。 フリーマガジン「ハヤブサマガジン」を日本全国のフットサルコート、スポーツバーなどに配布。 vol.7をもって活動停止。2013年、ウェブマガジンとして活動再開。ブログは日常の話です。