ブスあるある早く言いたい

早朝に起きてコタツに入ってぼんやりとしていたら、待ち合わせの時間が迫っていることに気が付き慌てて玄関を開けると、目の前の空に大きな虹があった。

久しぶりに3日間も雨が続いた翌朝だった。

 

冬のツンとする空気でなぜか思い出すのは小田急線の南新宿駅と新宿のネオンだった。

新宿にも代々木にも歩いていけるエリアにある南新宿駅。

そういえば昔は駅の近くに駄菓子屋があった。

地元の悪ガキ達が幅をきかして店前でわめいていて、僕は彼らに目を付けられないようにコソコソと店に入って、きな粉棒を買っていた。

剛君は堂々と地元面して、仁王立ちでカードダスの機械にキラカードの出現を念じていた。

(カードダスの機械のカードを出す為に回すあの丸い部分は何て呼ぶんだろう。)

南新宿駅から電車に乗って新宿駅に降り、家族でクリスマス間近の喧騒の中を家族でよく歩いていたことを覚えている。

明確な記憶はないけれど、頭の中に赤と緑のネオンのキラメキと浮足立った大人達がイメージとして残っている。

ソニープラザでは巨大なかぼちゃが何キログラムか当てる催しもやっていた。

今もやっているのかな。

今では目が充血した奴ばっかり歩いている新宿になんかろくに行かない。

目の前から歩いてくる人間が全員、右ポッケにはアレな錠剤、左ポッケには25口径の拳銃を入れているように見える。

忘年会などで仕方なく新宿行かなくてはいけない時など、山手線で鬱っぽくなって五反田でくらいでマジで帰ろうかと悩んでしまう。

けれど、駅を降り、街を歩き始めるとさっきまでの「帰りたい帰りたい超帰りたい」の気持ちはどこかに消え、ワクワクしているということがよくある。

特に冬の日なんかは。

それが昔の頃の記憶とリンクしてるかなんて知らないけど、冬ってなんだか色々綺麗に思えるよね。

僕は新宿駅で一番好きな出口は南口なんだ。

でも新宿はあまり好きじゃない。

 

何も作ったことも生み出しこともない奴が堂々と批評家気取って何かを語る時の自分のことを棚に上げるその腕力はスタローン級。

僕はスタローンが怖くて今日も眠れない。

屈強な腕力の持ち主が男女問わず世界中に溢れていて、そいつらをブッコボコにキッタギタに完膚なきまでに叩きのめす力がまだない。

まだと言えるうちは、まだこの世界を楽しめているような気がする。

 

ブスあるある早く言いたい。

ブスって「〇〇君って実は暗いよね」「実は人見知りでしょ」などの浅はかな分析をしがち。

僕は紳士だからそういう女性にも「よくわかったね。人を見る目あるんだね。本質を見抜く力があるんだよ。もしかしてスピリチャアルな力持ってるの?なんかそういう感じする。人と違う感じがするし、個性的な雰囲気だもんね。長沢まさみに似てるって言われない?そっくりだよ。フェイスブックとかツイッターにも友達多そうだし、休日も友達多いから飲み会とかの誘い多そうだよね。きっとモテるんでしょ。高嶺の花過ぎてうまく話せないや。テヘ」と相手が求めていそうな言葉を全て捧げる。

重要なのは男のプライドではなく女性の笑顔だって思う。

「うるせぇブス黙れ。田舎に帰ってヤンキー上がりのバカ男と結婚して子どもにドンキで勝った黒ジャージ着させてクロックス履かせろブス」なんて本当の気持ちを言うなんて僕にはできない。

 

マジな話、僕は今こう感じている。

33歳になって友達との関係が16歳~23歳の頃のように素直になってきていると実感している。

純粋とは言えないけど素直な関係だって言える。

社会のシステムを知ったり色んな経験をしてシンプルになって帰ってきた感じ。

無駄なもんを省いたほうが絶対面白いこと考えられるし、あれもこれも全部楽しくなる。

誰もが誰でもなく誰にでもなれたあの時代から色々経ても、本質的には何も変わっていなくてマジでホッした。

僕らが忌み嫌っていたバカなのに賢いって勘違いしている大人にはなっていないぞって。

大事にしてきたサムシングとセンスを研ぎ澄まして、バッタバッタと邪魔するモンスター達を切り倒すんだ。

君は僕のかけがいのない友達で、一緒にいて楽しいし、次に遊ぶ約束をする時なんて心底ワクワクする。

一緒に楽しいことをしよう。

(そういう意味じゃないのになんだか卑猥だね。)

山や川に行こう。

野球やフットサルをやろう。

みんなの子どもも連れてどこかに行こう。

お金を貯めて外国に行こう。

いつか奥さんどうしも仲良くなったらいいと思うけど、それは求めすぎか。

 

ツイてないことややってられねぇよってことや辛いことや腹立つことやうまくいかないことが、僕達の人生に常に起こるけど、寂しいなんて思わないでくれよ。

この世界に起きるあらゆる犯罪や悲惨な出来事の動機を辿ってみると、根本に心の寂しさがあることに気が付いた。

間違っているか正しいか、善か悪か、違法か合法かじゃなくて、心が寂しくないかどうかが言動の判断基準でありたい。

社会問題が山積みのこの世界では今すぐにでも寂しさが心を巣食ってしまいそうだけど、どうか友達だけは強く優しいままでいて欲しいと願う。

だって寂しい人間相手には悪口言えないから。

 

来年こそは絶対にドロケイやるぞ。

 

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ハヤブサマガジン 2005年10月活動開始。 フリーマガジン「ハヤブサマガジン」を日本全国のフットサルコート、スポーツバーなどに配布。 vol.7をもって活動停止。2013年、ウェブマガジンとして活動再開。ブログは日常の話です。