目の前の一軒家から赤ちゃんの泣き声が聞こえる。
オジちゃんが最近、元気よく挨拶を返してくれるのも孫ができて機嫌が良いからかもしれない。
古い家の間の狭い路地を通りながら、何気なく上を見上げると、リンプビズキットのTシャツが干してあった。
路地を抜けると、お寺の入り口で子ども達がホースを使って虹を作っていた。
青いビニールのプールの中には赤や緑のスーパーボールが浮いていた。
女子高生がスーパーの前に座って電話をかけながら、怒鳴って泣いていた。
どんな内容で怒って泣いているのか気になったので、女子高生の後ろを何度も行ったり来たりして会話から推測しようと思ったけど、「マジ意味わかんねぇんだけど。」「テメェの方だろコラ。」「マジふざけんなよ。」と僕の「17歳女子は妖精」という幻想をぶち壊す発言を連発するし蚊に刺されるし、何よりも暑いから帰った。
街を歩いているとちょっと変な人がいる。
電車の中で「次はたばたぁ~たばたぁ~」とアナウンスしながら車両を渡り歩く人。
曇り空を指さしながら、道行く人達に丁寧に「雨が降りますよ。傘を忘れずに。」と教えてくれる人。
そういうピースな変わった人達は経験上話してみると純粋で優しいイイ奴が多いんだけど、急に怒鳴ってくる人や、完全に目がイっちゃっていて誰彼構わず因縁をつけている人は、マジで何考えてるかわからないから怖い。
そういう人にカラまれると、野良犬に追われた時にような恐怖を感じる。
小学生の頃に野良犬に追われた恐怖は昨日まで忘れてたけど忘れられない。
交差点で信号待ちしていると、「どこっすか!?」と突然後ろから大きな声をかけられた。
振り返るとスキンヘッドに24時間テレビのTシャツを着た同じ歳くらいの男性が僕の方を向いていた。
声のデカさと勢いと風貌で、野良犬系かなと思ったけど、一応「なんですか?」と尋ねると、男性はまた「どこっすか!?」と大きな聞いてきた。
僕と同じように信号待ちしていた人達が7人くらいいたので、僕も引けなくなって、「なにがですか?」と聞き返すと、スキンヘッドは大笑いし始めたので、ヤベェこれ絶対に野良犬そのものじゃん。と感じて、どうしようかなと思ったら、スキンヘッドは急に真顔になってゆっくりとしっかりとした口調で「自転車屋さんはどこですか?」と聞いてきた。
自転車屋の場所を説明すると、スキンヘッドは丁寧にお礼を言って、僕が指差した方に自転車を走らせていった。
ただのピースな奴にビビった自分が恥ずかしかった。
どこからピアノの音をが聞こえてくる。
月に雲がかかっている。
大学生のカップルが手は繋げない距離で歩いている。
街頭の下に蛙がうずくまっている。
東京タワーはいつの間にか夏色の白い光に変わっている。
夜中に酔っぱらって帰ってきて大声で怒鳴り散らすオジさんが住む近所の一軒家は、夏になる前には誰も住まなくなって解体作業が始まった。
オジさんは朝になると大人しく植木に水をあげていた。
真っ黒になって遊び回っていた僕も、少しだけ日陰を歩くようになった。