お父さんじゃない

一つや二つ、説明し難い不思議な経験をしている人はたくさんいると思う。

友人は東京に住む知り合いのことを「あいつ元気かな。」考えていて、たまたま入った福岡の居酒屋で隣に座っていたのが、その知り合いだったという経験をしたそうだ。

剛君は3年前にビルの非常階段を下っていたら、突然3メートルくらいの大きなおじさんの顔が正面からやってきて、体を貫通して消えたそうだ。

オカルトな話から奇妙な話まで、多くの人は説明するには難しい体験をしているようだ。

奇妙な体験している人は誰かの奇妙な体験を決して笑わないし、そういうことあるかもな。と納得することが多い。

そういう体験がない人は、嘘だとか幻覚だとかで一蹴してしまうと思うけど、それは仕方ないことだと思う。

人は当事者になってみないと、なにも理解できないからだ。

 

見知らぬ人と話す機会があって特に話題もないけど、互いに別に嫌だとは思ってはいない。というシチュエーションの時がある。

僕はそういう時、チャンスがあるのなら、その人に「奇妙な体験をしたことがありますか?」を聞くことにしている。

恋愛遍歴の話よりも、趣味の話よりも、旅行の話よりも奇妙な話のほうがずっと面白いからだ。

僕に警戒していない人はすぐに何かを思い出して話してくれるけど、大体は「なんだこいつ気持ち悪いな、カルトか?」という顔をして「特にないですね。」と会話が終わってしまうことが多い。

 

友人と居酒屋に行って、隣に座っていた女性達と気がついたら話していて、映画の話になったら一人の女性がホラーが好きだと言ったので、僕はすかさずいつもの質問をした。

その女性は即答で「あります。」と答えた。

 

彼女の家はお父さんとお母さんの3人家族で、家族は昔から仲良く、大人になった今でも年に2回か3回は旅行に行くほど仲の良い家族です。

お父さんとお母さんが喧嘩をしているのも見たことがなく、彼女自身も両親の言うことを聞き、たまに怒られても門限を少し過ぎてしまった程度ことでした。

同世代の子が反抗期になっても彼女は両親と仲が良く、一緒にテレビを観たり、レンタルビデオ屋で借りてきた映画を観たりと家の中でも一緒に過ごしていました。

彼女が小学校6年になったばかりのある日、家に帰って玄関のチャイムを鳴らしたら、出てきたのはお父さんでした。

この時間は会社に行っているはずなので、彼女は驚いて、「どうしたの!?お父さん!」と言いました。

お父さんは具合が悪そうな様子で、「体調が悪いから帰ってきたんだ。」と言い、そのまま寝室に入っていきました。

彼女はお父さんが心配になり、何か飲むかとか、欲しいものないかと尋ねても、お父さんは「大丈夫だから、風邪だったらうつっちゃうから。」と部屋に籠ったままでした。

それから彼女の記憶はなく、気がついたら翌日の朝になっていました。

お母さんの声に目を覚まして、リビングに行くと、お母さんとお父さんが朝ごはんを食べていました。

お父さん元気になったんだと、お父さんの顔を見ると、全然知らない人でした。

背格好も顔立ちも表情も話し方もお父さんとは全く違いました。

お母さんが具合良くなった?と彼女に聞きました。

彼女は男の顔を眺めながら、「お父さんじゃない。」と思いました。

だけど、不思議と怖くないし、嫌じゃないし、そして、「お父さんじゃない」とお母さんに言わなくてもいいような気がしました。

それから彼女は男とお母さんと3人で暮らしていて、彼女が中学1年の夏のある日、突然男はお父さんに戻っていました。

そしてまた彼女はそのことが不思議には思わず、口に出すことでもないと思い、男のことは忘れてそのまま大人になりました。

 

20代後半になった時に、男のことを思い出しました。

彼女はお母さんに男のことを話すと、もちろん相手にしてもらえませんでした。

お父さんは「お母さんの浮気相手じゃないか。」と冗談めかして笑っていました。

彼女は押し入れからアルバムを引っ張り出し、男がいた期間の写真を探しました。

小学校の卒業写真では彼女は友達と笑顔のピースサインをしていました。

中学の入学式では緊張した顔の制服を着た彼女がいました。

体育祭ではクラスメイトと変な顔をして写っていました。

彼女は男がいた期間の写真を見終えて、アルバムを閉じました。

男がいた期間に家族写真が一枚もないことは両親に言わないでおこうと決め、それ以来、彼女はこの話を家族の前ではしていないそうです。

 

不思議なことってありますね。

 

 

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ハヤブサマガジン 2005年10月活動開始。 フリーマガジン「ハヤブサマガジン」を日本全国のフットサルコート、スポーツバーなどに配布。 vol.7をもって活動停止。2013年、ウェブマガジンとして活動再開。ブログは日常の話です。