図書館の受付の前で借りていた本を返す為に列に並んでいた。
いつも通りの静けさがあり、いつも通り年寄りの匂いが充満していた。
僕の前に並んでいる人が受付の番になった。
その人は年齢は50代前半の男性、「ゼロからはじめる株」「初心者の為の投資術」のような本を返却していた。
縁なしメガネにチェックの半そでのシャツにハイウェストのチノパン、そして運動靴と革靴の中間のような茶色の靴を履いていた。
「私じゃない!」
受付の列の横に設置されているラックに並んだ返却された本を眺めていると、突然前から聞こえた。
男の肩越しに様子を見てみると、どうやら返却した本が濡れていたことを職員が指摘したようだった。
「いえ、誰が濡らしたかどうかというお話ではなく、濡れが確認されている本はシールを貼らなくてはいけないので、一応確認の為に聞いただけなので」
気の弱そうな職員は腰を引きながら言った。
「私じゃないぃ!!」
さっきより大きな声で男は言った。
覗き込むと男は耳を赤くし、肩を震わせていた。
「はい、わかりました。ちょっとシールを貼らせてもらうので少々お待ちください」
そう言うと職員は奥に消えて行った。
そこに男の奥さんと思われる女性が「お父さん、これ借りたいんだけど」と男に本を差し出した。
男はその本を押し退け、「ちょっと待ってなさい。今モメてるところだから」と声を震わせながら言った。
こんなのモメ事じゃないし、モメ事だとしてもモメ事にしてるのはお前のせいだろとイラッとしたので、男が後ろにヌイっと振り返った時に睨んでやった。
そんなもん、「いやぁ~前から濡れてたっぽいですけどね」で終わる話なのに、「私じゃない!」ってヒステリックになった男のツラを見た。
男と目が合った時に、「あぁ」と理解した。
男の目と人相は自分が善良であり、平均であり、何一つ間違っていないと揺るぎ無く信じ込んでいるものだった。
自分は変じゃない、ミスはないと信じ込んでいるが故に、誰かから指摘されたり笑われたりすることに対し、異常なまでに反応してしまう日本に7,000万人くらいいるタイプの1人だった。
精神的に脆弱で幼稚なせいで、「俺は悪くない!俺は悪くない!」と自己暗示をかけている絶対に友達になれない退屈なタイプだ。
戻ってきた職員が「お待たせして申し訳ございません。返却完了しました」というと男はこう言った。
「勘弁してくれよ。おかしいんじゃないか!?」
2014年最大級の「お前だよ!!!」が頭の中で反響した。
自分が普通で善良だと信じてやまない大人が放つ電波に引き寄せられてしまうのか、そのような人が起こすハプニングに遭遇することがとても多い。
大人ってこんな弱かったかなとつくづく思う。
大人ってもっと適当なノリでドーンと構えてなかったっけ。