眠れない。
弟はうつぶせになり、顔を窓に向けた。
網戸越しには半分に割れた月が眩しく光っている。
外の通りから大人達の豪快な笑い声が聞こえてきた。
「ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!」
一人の大人が突然、万歳を始めると、他の人達が「静かに!シーッ!」とその人を止めた。
万歳の人はまだ何かを叫んでいる。
弟はついに眠気がはっきりとなくなってしまった。
眠たくないのは外がうるさいだけだからじゃない。
弟は枕の横においたエアーガンを持ち、半分に割れた月に銃口を向けた。
片目で月を見つめると、とても眩しい。
祖母が夏休みすぐに買ってくれた今一番の宝物だ。
弟は万歳の人とその仲間達の頭をこのエアーガンで撃つことを想像した。
一人は眉間からピューッと血が飛び出た。
一人は耳の穴にビー玉が入って鼓膜が破けた。
弟は「ススス」と鼻で静かに笑った。
こんなことを想像しているなんて友達に話したら大変だ。
「キチガイ!」「ビョーキ!」「シンショーシャ!」「エタヒニン!」と変な呼ばれ方で虐められてしまう。
「お兄ちゃん、ねぇ、お兄ちゃん」
弟は隣で寝ている兄の肩を揺すった。
兄の体の上にかかったタオルケットを剥ぎ取り、さらに激しく体を揺らした。
「ぅぅんなんだよぉぉぉ」
兄はくぐもった声で返事し、目を細く開けた。
「ねぇ、お兄ちゃん。眠れなくない?」
兄は弟の顔に掌底を喰らわせ、「やめろ、ほんとに」と言って反対側に体を向けた。
「これさ、おばあちゃんに買ってもらったエアーガンあるじゃん。これって14歳からしか持っちゃいけないんだよ。知ってる?おばあちゃんはわかってたのかな?お店の人もおばあちゃんが買ったからOKってことなのかな?ってことはおばあちゃんが買えば、18歳以上じゃないと買えないやつとか、21歳からのデカいヤツとかも買えるのかな?あんなので人撃ったら大変でしょ?体に穴開くかな?っていうかお兄ちゃんのエアーガン見せてよ。なんもしないからちょっと見せてよ。絶対に僕のヤツのほうがカッコいいってわかってるから一回見せて。っていうか猫とか犬とかをエアーガンで撃つ奴死ねばいいのにね。完全地獄行き決定でしょ。そういう奴らって『はぁ?地獄なんてねーしガキじゃん』とか言うけど、地獄がないわけないじゃんね。なんでかわかんないけど地獄って絶対あるような気がする。あと幽霊もいると思う。しまった、こんな夜に幽霊の話はダメだ。思い出すな、思い出すな、思い出すな。忘れろ、忘れろ、グアー、お岩さんが出てきたー。ほら、バカ殿のコマーシャルの時に変えたら映ってた顔がボコボコのお岩さん。怖い怖い怖い。怖い時は反対に面白いこととか変なことを考えたらいいんだって。えーなんだろ全然出てこない。ヤバい死ぬ。お兄ちゃんなんか話して。ねぇ話して、なんか話して話して話して。じゃあさ、もしも誰かエアーガンで一人撃ってもいいとしたら誰撃つ?僕はねぇうんとね、えー誰だろ。難しいな。お兄ちゃんは誰撃ちたい?ねぇ?誰を撃ち」
兄はタオルケットを蹴っ飛ばし、右手にエアーガンを持ち仁王立ちして弟を見下ろした。
「うるせぇー!」
兄は弟の足に銃口を向け、撃った。
「痛ーい!痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
ガチャッ!とドアが開き、母親が飛んで入ってきた。
「何時だと思って・・・何してんのあんた!?」
兄が寝ている弟にエアーガンを向けている。
近所の犬が「ウォーン」と一つ鳴いた。