左肩に漫画ゴラク

夜にコンビニへ行き、買い物を済ませて自宅マンションのエレベーターに乗り、「閉」のボタンを押して顔を上げると、向こうの方から手を振りながらこっちに走ってくるおじさんがいたので「開」を押して、そのおじさんを待った。

おじさんはUFCファイターのジョン・ジョーンズのように手のひらをこちらにヒラヒラさせながら走ってきて、独特な手の振り方でそのままエレベーターに入ってきた。

普通であれば「すみませーん」とか言うものだけど、おじさんは無言だった。

「そういう人もいるよね」くらいに思い、エレベーターを閉めると左肩に気配が。

左側に振り返ると、おじさんはありえない近さで「漫画ゴラク」をひろげて読んでいた。

俯瞰で見たら広いエレベーターの中で右隅に男二人が寄り添って「漫画ゴラク」を読んでいるという画だ。

10人は乗れるエレベーターでこの距離感は独特だなと思い、僕は少しだけ前に移動した。

おじさんは先に降りる時も漫画ゴラクを食い入るように読みながら無言で降りて行った。

 

生活していると変わった人がたくさんいる。

カズもこの前、駅のホームで泣いていた女の子に「大丈夫?」と声をかけると何かのパニックになっていたという経験をしたらしい。

そしてもちろん誰かにとっては僕も変わった人に見えるだろう。

自分が普通だと正義だと思い込むことが間違いの始まりだ。

みんな変っていて、みんな普通じゃない時もある。

しかし、それでも誰がどう見てもヤバイ人はいる。

先の漫画ゴラクおじさんは変っているだけで特段ヤバくはない。

 

2年位前に押上エリアを幼馴染と歩いていると、完全に目が狂っているおばさんが「何見てるんだ!」と怒鳴ってきた。

5人くらいで歩いていたけど、もちろん誰もおばさんのことなど見ていない。

無視して歩いていたら、あんまりしつこく「何見てるんだ!」「何見てるんだ!」と怒鳴りながらつけ回してくるから、おばさんの3倍くらいのボリュームで怒鳴り返したら、おばさんは「・・・まぁね。そういう風に言ってくれるならいいけど」と言って大人しくなりどこかに行ってしまった。

僕はしばらくしてから、自分の行動をとても後悔した。

その場はそれでよかったかもしれなけど、僕が怒鳴り返してしまったせいで、おばさんの中で負の電波パワーが増大し、その後に子どもや文句を言えない弱い人達に何かしらの被害を加えてしまった可能性はゼロではない。

 

狂ってしまった人の行動は凡人には読めない。

この場合の「狂ってしまった人」とは、ストレスや被害妄想で攻撃的になってしまい、誰かに危害を加えてしまう人のことだ。

もちろん誰も好きで狂っているわけじゃないから、何かしらの辛いことや哀しいことがあったのだろう。

そして立ち上がることができずに心が折れてしまったのかもしれない。

本当のことは誰にもわからないけれど。

 

精神系の医療関係者から「一度心をやられてしまった人は、完全には元には戻らない」という話を聞いたことがある。

ライザップとか、あるいは健康系のコンテンツはこの世界に山ほどあるけど、本当に健康でいるべきは心なのではないかと思う。

皆さんスマートなのもいいけどハートの方は大丈夫だろうか。

人は裏腹な生き物だから、「中の人」の姿はなかなか見えない。

ゾンビに咬まれたら絶対にゾンビになってしまうように、心に空いた穴は塞がることはない。

 

僕も自分の身に自覚がある。

父親が死んでから僕の心に空いた穴は、家族や友達がいるからほとんど見えないくらいになったけれど、たまにすきま風が吹いてどうにもやるせなくなる。

なんだかとても哀しくなる。

寂しくなったことはたぶん生きていて一度もないけど、しばしば無性に哀しくなる。

医学が発達した今でも心と精神の世界が全て解明されたわけではない。

もしもあなたが見た目やお金や肩書き、あるいは交友関係などの表層的なことで、何かしらのコンプレックスを抱えていたとしても、心が無事なら何も問題はない。

むしろそれは何よりも自慢できることかもしれない。

誰かの優しさやに感動し、誰かのジョークに笑うことができて、生活の中で泣き怒りまったりすることができるなら、おそらくあなたは幸せだと言えるだろう。

 

内閣府の発表によれば現代人の半数が「強いストレス・やや強いストレス」を感じているそうだ。

みんなけっこう危険な状況に置かれている。

僕はストレスに関して詳しい方ではないけれど、もしもストレスを感じたなら、そりゃもう景気良く遊ぶしかないよね。って思う。

友達とコンビニで発泡酒買って乾杯して、夜道をああだこうだと話してれば、嫌なことなんて破片も残らずどこかで消えている。

マジで記憶喪失なみに忘れている。

だからまた同じ失敗するという問題が起きるのだけど。

球蹴ったり、野球したり、チャリで遠出したり。

ストレス解消を目的で遊んだことや酒を呑んだことなんて一度もないけれど、無意識の内にストレスの野郎の攻撃を回避していたのかもしれない。

父親が言った「遊び方を身に付けろ。そして死ぬまで遊べ」という言葉がここで利いてきた。

 

この前、マブダチが色々と悩んでいたから電話をかけた。

クヨクヨってやつは癖になるから、早い段階で潰さなくてはならない。

僕が言いたかったことは一つだけだ。

「お前とは死ぬまで遊ぶから覚悟しておけよ」

俗者の僕が大切な人達にできることは、そんなことしかない。

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ハヤブサマガジン 2005年10月活動開始。 フリーマガジン「ハヤブサマガジン」を日本全国のフットサルコート、スポーツバーなどに配布。 vol.7をもって活動停止。2013年、ウェブマガジンとして活動再開。ブログは日常の話です。