自転車をひいて歩いていると、近所に住む女の子がお父さんと歩いてきたので挨拶すると、女の子は僕がひいていた自転車によじ登ってサドルに座った。
そのまま女の子を乗せたまま幼稚園の入り口まで連れて行く道中、女の子は「ぜったいにおちないもんね。」「いけー!いけー!しゅっぱつしんこー!」と僕の肩を揺さぶっていた。
僕は子どもの破天荒なノリが嫌いなので、女の子ほうに顔を向けずお父さんと話していた。
すぐに幼稚園について、ほら着いたよと女の子に向かって言うと、僕の顔を見た女の子は目を丸くして驚いた顔をしてこう言った。
「あなただれですか?おろしてください。」
誰と間違えていたのかわからないけれど、坂の上からは入道雲が浮かんで見えた。
小さいの頃から、朝食の時に父が毎日のように色々な質問をしてきた。
毎朝の習慣のようなものなので、思春期や反抗期になってもあまり疎ましく感じなかった。
「女の子と男の子の違いって?」「今日雨が降らないと思う理由は?」「このキャスターの性格はどうだと思う?」「このニュースに関してどう思う?」「この戦争はどっちが悪いと思う?」「100万円あったら何に使う?」などのどうでもいい質問と答えが毎朝繰り広げられていた。
父も意識的に質問してきたわけではなく、なんとなく息子に話しかけていただけだったと思う。
質問されたらすぐに答えなくてはならないという暗黙の了解があった。
早く答えろなんて言われたことはないけれど、回答が遅いと残念そうな顔をしていたことを記憶している。
だから僕はすぐに答えるように努めた。
そしてごくたまに「その意見はおもしろい。」と褒めてくれたことがあった。
その時、僕は凄く嬉しかったことを憶えている。
僕は教師や他人の大人のどっかで聞いたことがある退屈な意見なんて全く聞かないし、そういう大人をを軽蔑してたけど、父の言うことは真剣に頭で考えた。
「否定することで何かしたつもりの奴は何かを生み出したことがない。」
「思春期の時にデタラメでも変でも物まねでもいいから自分自身を表現すべき。そうしないと大人になってから表現欲が出てきて偏屈になる。」
「創造や表現ってのは突き詰めると優しいかどうかだ。他人の痛みがわかっているかどうかだ。」
「横文字や難しい言葉を使うヤツは大抵バカだ。」
「仕事の話しかできない奴になるな。」
「女と仲間は別に考えろ。」
「他人に自分から女と仕事と自慢話はするな。笑える話をしろ。」
「マイペースは頭が悪いって意味だ。」などのかつての僕に対する注意は今でも忘れずいる。
たまに忘れるけど。
僕も自信満々で17歳の弟を戒めたいけれど、勉強と部活を超ハードなスケジュールでこなしているので何も言えない。
大ちゃんはいつもビール呑んで楽しそうでいいね。とため息交じりで言われる始末だ。
父が僕に質問してきたのも、僕がひたすら暇そうだったからもしれない。