「笑っていいともが終わるなんて、新しい戦争が始まるんじゃないかな。」と君はうつむきながら言った。
紅く染まった夕空の端っこから群青色の暗がりに向かって自衛隊のヘリコプターが光を点滅させながら飛んでいった。
前から歩いてきてくたびれた若い女は携帯電話の光で顔だけ浮かんで見えた。
「故郷に残った友人達に向けて、東京の街の素晴らしさについて日夜つぶやくことが彼女の原動力なんだよ。」と僕は君の横顔を見ながら言った。
「タモリさんみたいな皮肉だろ?」
「タモリさんは東京からいなくなってしまうのかもしれない。」と君は首を横に振った。
「タモリさんは東京から出て行ったりしないよ。あれだけ東京の街に詳しい人なんだから。」
「きっと飽きたんだよ。笑っていいともも、東京も。」
交差点の真ん中で都バスが斜めに止まってしまい、その後ろにいたカイエンが神経質にクラクションを鳴らし続けていた。
「タモリさんが東京からいなくなったら、きっと東京に爆弾が落ちるんだ。」
君は側溝の隅に落ちてあったセメントの欠片を拾い上げて、カイエンのリアウインドウに向けて思い切り投げた。
ガチンと音を鳴らし、セメントの欠片は車道に転がった。
窓から顔を出して何かを怒鳴っている運転手の後頭部を見て、僕たちは歩き続けた。
「もしもタモリさんがいなくなっても戦争なんか起きないよ。」
新しいデザイナーズマンションと古い屋敷に挟まれた、ゆっくりと右に曲がる細い坂を二人で見上げた。
「タモリさんがいない。」
「タモリさんが一番好きな坂だからって、いつもいるわけないよ。」
「会えると思ったのに。」
君は大きなため息をついて、坂を見上げた。
「今すぐ空から爆弾が落ちてきたって驚かない。ずっと変わらないことなんて何もないんだから。」
「んなこたない。」
パパー!と後ろから鳴り響いた音に驚いて振り返った。
振り返ると頬骨の高さまである襟が付いた白いシャツを着た色黒の男が黄色く淀んだ目をまん丸く見開き、こっちに向かって何かを怒鳴っていた。
「見てみなよ。あいつ、人を襲う猿みたいだ。」
カイエンの男は真っ赤な顔で口を大きく開けているけれど、後続車のクラクションの音と重なって何を言っているのか聞き取れなかった。
「タモリさんがやる猿の物真似みたいだね。」
君がフフっと笑ったから僕は手を繋いだ。
「もしかしたら明日はタモリさんに会えるかもしれない。」
後ろでカイエン男と後続車の運転手が怒鳴り合いながらカイエンの周りをグルグルと追いかけ合っていた。
「だから、明日も一緒に来てくれるかな?」
君は僕の手を離して、坂を駆け上がった。