ニキビ

ミシェル・ファイファー
ガス・ヴァン・サント
ジョン・ガリアーノ
ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン
麻美ゆま

 

つい口から出てくる言葉がある。

脈略もなく、例えば駅の改札を出る時に「ミシェル・ファイファー」、少々お待ちくださいと電話口で待たされている時に「ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン」と口から出てくることがある。

エレベーターの中で突然口から「麻美ゆま」という言葉が出てきた時は思わず咳払いして誤魔化した。

どうやらこれは僕だけの症状ではないことを知っている。

昔、何回か呑んだことがある女の子は「あたりき、チャリキ」という言葉が頻繁に突然出てくると言っていた。

今でもどこかで笑って「あたりき、チャリキ」って言っているに違いない。

思うに、これは夢の作用と似ているのではないだろうか。

夢に見る破天荒なメチャクチャなあの物語は、脳の中にあるいらない記憶を消去する過程で、イメージとイメージが連なってなんの意味もなく作り上げているのだと脳科学の本で読んだことがある。

それと同じで、起きていながら脳を整理する区切りとして、そのような言葉が口から洩れているのだろうと僕の中では断定した。

それから無意識の言葉が口から出てきたら、それは「脳がアップデートされた」ということにした。

すると全く「ガス・ヴァン・サント」も「ジョン・ガリアーノ」も出てこなくなった。

うまくいかないことは多い。

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読んだだけで頭が良くなり、世界を知ったような気になれる雑誌「クーリエ・ジャポン」をブックオフで買って愛読している。
去年の夏頃に発刊された号で気になる記事があった。

「人は皆、高2病だった」

この記事によると人の頭の良し悪しは0~3歳まで幼児教育が影響するということが研究で明らかにされているが、人格は高2の頃に形成させるという研究結果が報告されたそうだ。

高校2年、日本では17歳の少年少女がその時にどんな思いを胸に抱き、どんな経験をし、どんなコンプレックスを持っていたかが、後々の人格、そして人生に大きく影響するということだった。

特にコンプレックスはその人と言動に強く影響するので、17歳の頃にどんなことを恥をかいたが性格を決めてしまうという内容だった。

 

僕の場合はニキビがひどくて、たぶんそれがコンプレックスだった。

悪いことは忘れてしまっただけかもしれないけど、それ以外は17歳は良い思い出しかない。

今まで険悪な雰囲気だったイケてる奴等と僕達オルタナティブな連中が何かをきっかけに突然仲良くなって、学年みんなが仲良くなった年だ。

女の子にはからきしモテなかったけど、起きてから寝るまで笑っていた。

帰宅部だったので渋谷や原宿を歩き回り、家に帰れば日本語ヒップホップを聴いて、スタジオボイスやリラックスを読んで、サブカル的とされる私小説を読み漁り、今思えば超つまんないアート系映画を観て、不眠症気味なって、またニキビができちゃったセブンティーン。

そういえば初めて付き合った女の子に「受験勉強が忙しいから」とフラれたセブンティーン。

そんな日々が今にどんな影響を与えているのか皆目見当が付かないけれど、なんとなくその研究結果は当たっているように思える。

僕や僕の友達が失敗やズッコけやうまくいかないことやダサいことが、「おいしい」と思ってしまう感覚は間違いないくこの当時観ていたダウンタウンの「ごっつええ感じ」の影響だと思う。

だから失敗したり恥かいたりすると不機嫌になったり怒ったり、変な感じで誤魔化そうとする人を見ると、「育ちが違うな」と思ってしまう。

当時のお笑いが人格や美意識に強くモロに影響を及ぼしていることは間違いない。

おじさんを亡くした幼馴染のアキラに「父の日なにあげた?」と尋ねて、「いや、お父さん死んでるから」というやりとりはずっとやっている。

 

高2病と関連して、「私はアメリカの超が付くほどエリート学校を卒業し、友達のほとんどはこれまた超が付くほど有名な企業に就職し、エリート街道を突き進んだ」から始める記事もあった。

ある日、久しぶりに旧友達と会える同窓会に行くと彼は驚いた。

なんと旧友のほとんどが離婚したり、裁判沙汰になっていたのだった。

優秀な頭を持ち、ハイレベルな授業を受けてきて、普通の人の何十倍の給料を貰っているのに何故か。

彼らは皆、家庭に幸せを見いだせなかったそうだ。

結果や見返りが目に見えないものに幸せを感じられなくなり、数字や評価を得られる場所、つまり職場や仕事に依存していったそうだ。

まとめとして、どんだけ頭良くても金持ってても人格次第でみんながみんな幸せになるわけじゃないよって感じなんだけど、僕はそのまとめに違和感を覚える。

そういう人は仕事やってりゃ幸せなんだからそれでいいじゃんって。

家庭に幸せを見出せない=不幸という図式はあまりにもなんかあまりにもな気がする。

裁判沙汰はマズいけど幸せの形は依存だろうが傾倒だろうが、人に迷惑かけなきゃ何でもいいと思うけどな。

子どもが小学4年生以下だったらちょっと可愛そうだけど。

外で奥さんの悪口言ってストレス抱えて退屈な気持ちとウンザリする気持ちを抱えながら無理して一緒にいるよりも、仕事に猛進して評価と金を追いかけてるほうが幸せなら絶対にそうしたほうが良いと思う。

そして、そういう評価を追い求める皆さんに仕事を頑張ってもらって日本の経済が発展すればいいなと思っています。

役割や使命は人それぞれ違うから。

 

 

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ハヤブサマガジン 2005年10月活動開始。 フリーマガジン「ハヤブサマガジン」を日本全国のフットサルコート、スポーツバーなどに配布。 vol.7をもって活動停止。2013年、ウェブマガジンとして活動再開。ブログは日常の話です。